2008/09/19

2008年 福岡篇:旧伊藤伝右衛門邸、東築軒のかしわめし

朝食

麹屋や、パン・ナガタで購入したパンと、福岡産の有機JASの紅茶。
この紅茶はストレートでもまろやかな味わいで、大好きなのです。
キャベツときゅうりとイチジクのサラダ。
柚子ポン酢をかけて。

あまり熟していないイチジクは、サラダで食べるとサッパリとして適度な水分もあり、なかなかよかったです。新しい発見でした。

旧伊藤伝右衛門邸(福岡県飯塚市)

筑豊の炭鉱王、伊藤伝右衛門の本邸が、この春から公開されるようになったそうです。
・・・と云っても全く知らなかった私。
既に何度か訪問している叔母に連れてきてもらいました。
入館料300円で、かなり見ごたえのある邸宅でした。

まず門。
福岡の天神にあった別邸の門を移築したものだそうで、堂々としたものです。

玄関も立派ですが、すぐ左の応接室が英国風でいきなり好み。素敵なステンドグラスが配されていたり、長電話も楽しくなりそうな窓際のベンチとか、テーブルだとか。
成金風なゴージャスさではなく、シックなセンスを感じられるインテリアでした。

台所と炊事場もシンプルだけど、仕事がしやすそうな場所です。
食堂も景色がよい、気持ちよい空間でした。食事もより美味しくなりそう。
お風呂も最近までお住まいとして使われていたのか、現在の水道の蛇口も取り付けられていました。化粧室も可愛らしかったなあ。
私が訪れたのは2008年9月ですが、10月には假屋崎省吾さんが華道展を開催され、きっと素敵な空間になったんだろうなあ。観てみたかったです。
伊藤伝右衛門は、奥さんを亡くした時すでに52歳でしたが、それなりの女性を後妻に探していたら、ちょうど大正天皇の従妹に当たる27歳の燁子がいいということで迎えたのだそう。
そのために九州初の水洗トイレを整備したり、左の画像の2階に当たる部分を増築したりと、お姫様お迎え体制を整えたらしいのですが、いかんせん、伝右衛門も家庭に収まりはしない性質であり、燁子は苦悩の日々を白蓮の名で短歌で表すことに傾倒していくことに。
筑紫の女王とも呼ばれ、別棟のサロンで様ざまな人と出会い、とうとう本当の愛に巡り会ってしまって。
で、東京に家出してすったもんだしながらも、その後は貧しいながらも龍介と再再婚し、幸せに暮らしたそうです。

激しい人生だなあ。
別棟に掲示されていた絶縁状もとても興味深く読んでしまいました。
この時代、なかなかここまで貫くって大変なことだっただろうなあと思います。
印象的なのは、この屋敷にいるときの写真の彼女と、東京で築いた家庭での写真の彼女とでは、表情が全く違ったことです。
ほぐれてリラックスした顔つきから、いかに心が安堵して暮らしていたのかが、伺えます。
柳原白蓮って大正3美人とも云われた人だそうですが、恥ずかしながら全然知りませんでした。
今回連れてきて貰っていい機会だったなあ。

回遊式庭園からお屋敷を望んだ処。
やっぱり白蓮の部屋だけ、なんとなく籠の鳥のような、お城に幽閉されたお姫様の塔のような、そんな印象。

わざわざ行く価値のある邸宅でした。
カーリーがお花を活けたくなる気持ちが、勝手に判る気がします。

昼食「東築軒のかしわめし」

「何故ここに?」と思いつつも「久しぶりに食べたい!」と云う気持ちが勝り、昼食をとり損ねている私たちは、ここで駅弁を買うことに。
微妙にバスの時間もまだあるしねえ。
折尾駅の駅弁として有名なかしわめし。
正直、駅弁の美味しさには限界があるのは否めないのですが(そもそも味が濃いし)、だからこそこれくらいシンプルな方がいい、と私は思うんですよ。

経木の折箱入りで650円。
鶏そぼろ、錦糸卵、海苔と全体的に甘い味付け。
これぞ西日本一の駅弁ではないかと。
こちらはゴージャスな大名籠弁当でしたっけ?
1000円近くしましたが、やっぱりシンプルな上記のかしわめしがいいですなあ。
私のノスタルジックな気持ちに、叔母に付き合って貰ったお昼でした。


叔母の家でずっと飲んでたミントのハーブティ。
スッキリとして、ずっと胃の調子も絶好調でした。